寒記亭日記

日々の事を色々

境界のないセカイ―あるいは境界のある世界

第三巻が発売され、早速購入し読み終えた。「性別を選んで変えられるセカイ」においける、三つの物語はここに終わり、後に残された私はこの三巻を通じて思ったことを書いていきたいと思う。

当然ながらネタバレしかないので、自らの楽しみとしたい未読の方は気をつけて。

 

既に書いたが、この作品が描く世界は「性別を後から選択できる」技術が確立し、社会に定着している。男女という境界は自らの意思で乗り越えられるようになった、境界のない世界。

しかし、そこには依然として境界が存在している。男性から女性へと体を変えても、元から女性であった人達との間に「境界」が生まれている。それは「性別を変更するのは不自然なことだ」という反発、あるいは「元が男だった女なんて」という嫌悪感、そして「自分は本当に女性なのだろうか」という当人の不安が生み出す境界だ。

あるいはその技術が逆に境界を強くしてしまっている可能性もあるだろう。

この職業には男性、あるいは女性は就くことが出来ない。それは現実にも起こっている障壁だ。では「性別を変える」ことができることでそれは解消されるのだろうか。否、かえって障壁を分厚くしてしまう事にならないだろうか。なぜなら、「それがやりたいなら性別を変えればいい」のだから、元の性のままでそれを為そうとすることはより困難になってしまうのではないだろうか。

そういった疑問を抱えながら、最後の物語が始まる。

もしも、本人の意思と無関係に性別を変えられてしまったならば。そして、もう二度と変える―戻ることができなくなったならば。理想的に思えた世界は裏返ってしまう。性別を自由に選べる世界は、変えることが出来ない人間にとってあまりにも過酷なものになりはしないだろうか。

好きな人が同性であったなら―性別を変えればいいじゃない。

好きな仕事が異性にしかできないものなら―性別を変えればいいじゃない。

その社会は、性別を変えることが出来ることで逆に境界が巨大な壁となって立ち塞がってくる。それに絶望した人を、ではどうやって助けられるだろう。最後に残るのは、やはり人間が自らの裡に作り出した境目を壊すことによって、境界のないセカイを作り上げるしかないのだろう。

 

最後に。三人目の物語を読んだ方に一つ、想像をお願いしたい。自分の意思では性を変えられない、本当は男/女だった人間。もしも、本来の性と違った性にされたのが、生まれる前であったなら・・・?

好きな服を着ることも、好きな人と愛し合うことも、自分の生きたいように生きることが「現在の性別」で禁止されてしまっていたなら・・・?

私はそれを思い、静かにニュースを思い出す。性別を変える技術がまだ存在しないこの現実の社会においても、少しずつではあるが境界のないセカイへと向かっているということを。